ご存じですか? 大山問題

ただの道路なのに駅前広場とは!?

 区が「駅前広場」と詐称するものは、都補助26号道路から引き込んで、ぐるりと旋回して26号道路に出て行くという、1車線のただの道路です。国交省の定める広場の定義にも沿わず、駅の形態や改札口の場所すら定まっていないのに、道路だけ引き込もうというのです。



 ここに、大型バスやタクシーの乗り場を造って交通アクセスの拠点にするというのですが、いくらなんでもその機能は無理と言えます。



 一見して狭く、使い勝手が悪いだけでなく、無理を通すところには危険性が潜在することにもなり、道路としてもその公共性は極めて疑わしいと言わざるを得ません。





「大山問題」の核心はここにあります。こんな公共性のきわめて乏しい道路のために、板橋区は、30以上の世帯(事業所)の90名近い住民に立ち退きを強要しているのです。
 このまちで生まれ、このまちに暮らし、長年大山に根差した生活を営んできた多くの人々の生活を、まさに根底から脅かしているこの道路に、どれほどの公共性があるのか、区から根拠のある具体的な説明がきちんとなされたことが一度もないことは、むしろ不思議です。なぜなのでしょう。
 この〝広場〟計画が、駅の高架化とセットで出されたことに秘密がありそうです。
 従来、区が主導してきた大山のまちづくりプラン(「マスタープラン」と言わせたり「まちづくり計画」と自ら名乗ったりしていますが、名前はどうあれ)では、立体化と駅前広場はセットで構想されてきましたが、都から「立体化は高架で」と言われた区は、セットの広場をどうするか考えあぐねた挙げ句、「変チクリンなものでもないよりまし」といった程度の安易な辻褄合わせでひねり出したのが、この案だったようです。
 追い出される住民はたまったものではありません。

まとめ

 こうして通覧してみると、全てが関連して動いていることが分かります。
 基底にあるのは亡霊のような道路計画、補助26号の延伸です。

  道路を通すなら早く立体化しなければ
  ⇒ 手っ取り早く立体化するには駅だけを高架に(補助26号道路に踏切がなくなればそれで良い)
  ⇒ 立体化するなら約束していた駅前広場つくらなきゃ。

 立ち退きに怯える人たちの不安に比べて、なんと安っぽい政策決定でしょう。
 そしてこの結果、この地域全体が、次のような対価を払うことになるのです。

住環境への過大な負荷(騒音、振動、景観、日照等への評価が「現状と変わらない」には科学的根拠がない)
プライバシーの侵害(5階建てより低い居宅は生活を上から覗かれる)
資産価値の減少(税収も減る!)
 などで、永続的で不可逆的なマイナス要素が多く「住みたくなるまち」とはほど遠いものばかりです。

 私たちは、大山のまちを博物館のように今のままとっておいてほしいと言っているわけではありません。
 今のまちを見直して、問題点があれば徹底的に改革すること、賛成です。将来、このまちがどうあるべきか、多くの人が知恵と意見を出し合って考えること、賛成です。少子高齢化だ人口減少だと言われる社会が到来しても人と人との密度が濃く、便利で多機能であっても無機質ではないまちへ、変えていかなければいけないことは山ほどあります。
 環境、防災、そしてコンパクト化といった視点からもまちのリノベーションは必要です。
 しかし、その際に最も重視しなければいけない視点が、犠牲者を出さないということではないかと思うのです。どんな大改革でも、それによって泣く人々が多ければ、良いまちになったとは言えません。
 今進められている計画の撤回を求める、これが最大の理由です。